● 以下、2022年度卒論生向けパンフレットを掲載

 

  私の専門は、微量元素の地球化学的動態解析です。近年は湖沼研究の比率を高めていますが、湖沼の物質動態を知ることだけが目標ではありません。地球科学研究には、 (1) 確立された物理・化学・生物理論に基づく仮説を実験的・観測的に検証するアプローチ、(2) 対象とする系における様々なデータを取得して統計的にメカニズムを推定するアプローチ、があります。これらは地球科学の両輪であり、自分が好むアプローチは、研究着手以前にはわからないケースもあります。そこで、試験管、マイクロコズム、メソコズム、実環境の広いスケールについて、速やかに研究着手できるプラットフォームを構築し、各個人に合った研究法の探索場を提供するために湖沼を調べています。水圏元素循環における生物の直接的(様々な生物種の元素保持量と移動)・間接的(触媒的作用・生物由来有機分子と元素の反応)関与の定量化にはとくに関心があります。
  日常の研究活動は、高橋嘉夫先生と共同(分子地球化学研究室)で進めています。セミナーや実験室も共同ですので、幅広い地球化学的研究に接することができます。

 

 

I.      天然の実験槽としての湖沼再評価と21世紀型陸水化学の推進
 湖沼は天然の実験槽です。仮説検証型研究では、実験槽は複数必要で、各々の特性の定量的把握が必要です。自治体の定期観測は湖沼の健康診断結果として貴重ですが、ときには人間ドックも有効です。定常的に観測されない安定同位体比、元素の化学形態、生物情報と化学を結ぶ環境DNAなど、基礎科学研究に応用可能なデータを複数の湖沼について提供し、数十年スケールでのマイルストーンを投じたいと考えています。

1A. 湖水表水層 (Epilimnion) での生物活性微量元素の鉛直不均質性と微生物群集組成との関係
1B. 国内湖沼深水層 (Hypolimnion) の面積あたり酸素消費速度 (AHOD) の支配要因解析
1C. 生物相分配の大きい重元素の安定同位体比較湖沼学 〜水銀または鉄〜
1D. 鉄を含有する層状ケイ酸塩に着目した湖底酸化還元環境の堆積物による緩衝能評価

 

II.     水柱および堆積物との境界における元素の鉛直一次元輸送プロセスに関わる実験的研究
 水圏の物質収支を考える上で、粒子沈降は重要な除去過程です。沈降粒子の生物学的な生成過程や、沈降過程での変質・分解に伴う元素分配の変化を室内実験系で評価するため、2021年度から鉛直一次元リアクターの試験機開発に着手しています。現在は、温度調整による成層構造の制御法を模索している段階です。沈降だけでなく、底泥溶出や底泥擾乱によるscavengingなどの評価にも使いたいと考えています。このテーマは萌芽的段階にあり、試行錯誤が必要ですが、上手くいけばユニークな実験ができます。

2A: ケイ素安定同位体トレーサーを用いたケイ素の生物吸収と沈降速度の定量的解析
2B: 多元素の粒子態/溶存態比データを用いた正味の粒子沈降速度解析法の確立
2C. 湖底から溶出する成分が湖底付近の密度成層に及ぼす影響評価

 

III.    ナノプランクトンの細胞あたり微量元素分析法の開発と応用
 生物地球化学的な物質循環解析では、環境因子の変動に対する、環境-生物相間の元素分配の応答を知る必要があります。これは図1におけるCの研究に概ね相当し、従来の生物地球化学観測は、ある時空間での定数を与えてきました。しかし、生態系構造は時空間変動が大きく、みかけの定数を用いた議論には限界があるため、機構論的なアプローチが必要です。Bは生態学者の仕事ですが、Aを求められる手法を開発したいと考えています。


3A. μ-XRFを用いた鞭毛藻類・緑藻類の細胞あたり微量元素濃度分析
3B. シングルセル-ICP-MSを用いた微生物の細胞あたり微量元素濃度分析法開発

 

近年の学生の研究テーマ
1.     本邦の深水層が形成される湖沼を対象としたリンの地球化学的循環の比較湖沼学的検討(2022卒, 修士)
2.     成層型湖沼におけるマンガン・鉄空間分布の規制要因に関する比較湖沼学的研究(2022卒, 学士)
3.     ケイ素安定同位体比分析法の開発と湖沼における生物地球化学循環解析への応用(現修士1年)
4.     湖沼における溶存水銀濃度の規制要因 ~DOCポンプの役割~(2021卒, 学士)
5.     放射光X線マイクロビームを用いたナノプランクトン個体別微量元素分析法の開発(2021卒修士)
6.     北西太平洋海洋生態系における鉄安定同位体比の変動要因解析(2021卒修士・現博士1年)
7.     大型海水魚における微量元素パターンとその変動要因(2020卒修士)

8.     琵琶湖水中ヒ素濃度の経年上昇要因に関する地球化学的研究(2020卒修士)

 


研究環境

・日常的に使用する実験環境

 636実験室設備(高橋)

 542居室設備(高橋)

 648実験室設備(板井)

 541居室設備(板井)

 

・利用頻度の高い共用設備

 マルチコレクタ型ICP質量分析計(Neptune Plus, ThermoFisher Scientific)

 X線回折装置Rigaku RINT-2100)

 

・放射光実験(板井の使用頻度が高いビームライン)

 フォトンファクトリー(筑波)

   BL-12C (bulk XAFS)

   BL-9A (bulk XAFS, soft X-ray)

      BL-4A (imaging XRF/XAFS)

      BL-15A (imaging XRF/XAFS, soft X-ray)

    SPring-8 (播磨)

   BL01B1 (bulk XAFS, high energy)

      BL37XU (imaging XRF/XAFS, high energy)

 

・本ページ掲載テーマについて協力いただいている先生方(いつもありがとうございます)

 高橋嘉夫(東大・地惑):先端放射光分析 (XAFS, HR-XAFS, STXM, TESなど)、地球化学分析・解析一般

 砂村倫成(東大・地惑):微生物生態解析、アドバイザー

 平田岳史(東大・地殻化学):SP (SC) -ICP-MS

 国末達也(愛媛大・CMES):生物環境試料バンク試料提供、環境化学解析

 和田茂樹(筑波大・下田セ):溶存有機物関連解析

 丸岡照幸(筑波大・生命):軽元素分析

 


その他の参考資料

湖沼研究の動機について (2020.8)

・2015年頃までの研究 (link)

・分子地球化学研究室 (link)